今回のレースは結果的に勝つ事が出来た。しかし我々はこの土壇場に来て、今までまともにテストもしなかったスペシャルパーツの投入となった。しかもパーツがしっかり取り付かない等の問題もあり、その取り付けにはかなり苦労した。時間の無い時のこのような作業はホンマにプレッシャーである。しかしその作業には自分の技術上での問題はまったく無く簡単な物であるがこれには納得がいかない。もし使用する目的があるのならしっかりとワークショップで確実に何の問題も無く取り付けられるようにしておくべきである。そして、何故この予選ポジションでこの雨でこんな事をするのだろうか。普通のマシンでも雨の琢磨君は超速い。なんの問題も無い。普通のマシンで充分である。そりゃそれ以上に乗りやすく速いマシンに仕上げる事はとても重要な事であるのは分る。しかしテストも満足にしていない、フロントとリアのバランスがムチャクチャになるようなこんなセッティングにわざわざしてギャンブルをする必要があるのだろうか。このポジションではギャンブルをしてはいけない状況に今はある。自分に言わせればギャンブルどころか危険な香りさえしていた。自分の頭をよぎったのは昨年の第1戦の雨のスラクストンでの雨のスリックタイヤと一緒である。あれから何にも成長していないのではないか。確かにこのレースは勝つ事が出来た。しかし勝ったから良いと言うものではない。今日の勝利はあくまで琢磨君のテクニックがあったからこそ結果的に勝てたに過ぎない。スタートでアンディ・プリオがストールしてしまったからよかったものの、もし彼がスタートを決めていたらまた違った展開になっていたかも知れない。周回遅れをラップするときにもなかなか追い越しが出来なかった事でも今回のセッティングは琢磨君に頼りっきりで何とか上手くいったに過ぎないと思う。
レーシングカーの空力とはウイングだけに頼る物では無い。レーシングカーはマシンの前から後ろまで、全体が1つのウイングとして考える必要がある。フロントウイングとリアウイングはマシン全体で構成するマシンのメインウイングの補助に過ぎない。したがってマシンのメインウイングはボディという事はライドハイトなどのマシンの姿勢が空力に大きな影響をもつ。前後のウイングを調整するというのはあくまでも補助翼の調整だけなのである。そうしてそこにバランスの悪い事をしたらマシン全体のバランスを崩してしまうという事になってしまう。
例えばフロントに何か空力パーツを取り付けたとしよう。その為にフロントのダウンフォースが3%向上したとする。しかし、そのパーツをつけたことによりそこで乱流等を発生してしまい、後ろのウイングに影響を与えてしまい8%減ってしまった。全体としてもダウンフォースが無くなりドラックが増えてしまう。あくまでも全体としてのパッケージ、バランスが重要なのである。
マスターズでリアの翼端版がレギュレーション違反だとしてサーキットで直したのだが、今回一樹がウイングを壊した時にスペアとして取り付けたものは加工前のもの。つまりレギュレーション違反なわけで、スタート前に(何故前日に直さないのかも不思議だが)マスターズと同じ事の繰り返しをしている。ちゃんとワークショップで加工しなおしておくべきである。同じように予選でクラッシュしたアンソニーのリアウイング、翼端版は前日オーバーハングのチェックをしてOKと言っていたにも関わらず、またしてもスタート前にやっぱりダメだとか言い出して、これもまたしてもマスターズと同じように削っていた。このような仕事は一回やれば他の物も同じように加工するべきであるし、間違ってもスタート前にやるべきではない。少なくとも前日に完璧に終わらせておくべきである。
今回のレースは本当に琢磨君のおかげで勝つ事が出来た。しかしこれは自分に言わせてもらえればただのラッキーということだけであり、本当のチーム力で勝てたとは思わない。ただ勝てば良いのではなくて考えデータを蓄積したものを活用して望むべきである。ドライバーの安全の為にも。それは強く思う事であった。
そして今回自分は何をするべきだったのか考えてしまう。チームに自分としての意見をその時にハッキリと言うのが良かったのだろうか? しかし、これはチームとしての決定である。エンジニア達が決定した事である。それをただの一介のメカニックである自分が意見する事が良い事であるのか? イギリス人の国民性の問題も絡んでくる。こっちじゃ、上の人が白といったら、それは白やからね。それにメカニックとしての自分のポジションの問題もある。上のメカニックが大丈夫と判断しているものを下のメカニックがその上を差し置いてその上に直接意見するのも問題があるように思うし。これがもし日本で自分がそのときのポジションにいたならば何の問題も無く意見するのだが・・・そして今回は特にレース直前の時間が無い時のまさに時間との戦いでの作業であった為、そこで作業を止めざるを得ない状況になって、間に合わなくなってしまうのはもっと問題である。確かに話し合ってお互いが納得しあう事が重要な事は100も承知である。しかしこの時間が無い時はまた別の話になってくる。う~ん。難しい・・・何よりも普通エンジニアは過去のデータと現在のセッティングが何故そのようになっているかという事を順序だててその流れに沿ってセッティングを進めているのであるから、その時のその状態だけを見てメカニックが自分なりに判断して文句を言う事はいけない事である。その時のピンポイントだけを見て意見する事は簡単な事であるが普通のエンジニアは何故その時のセッティングがそうなったかをその前からのセッティングの流れ、そしてその後の流れとして1つの続いているevolutionなのであるから。そのセッティングの前後を知らなければ何も分らない、という事である。しかし本当の所はどうなのであろうか。自分もまだまだ分らない。これはこれからももっともっと自分なりに考えて成長していかなければならない事である。そして自分が上に立つポジションにいつかなった時に今とは違う立場での判断になるが、それがこれからの自分が考えて成長していく事によって必ず生きてくるはずだと思っている。自分としては下の者達の意見をいろいろ聞いて考え、みんなが仕事をしやすい環境を作りたいと思う。なるべくみんなの意見を汲み上げてみんなで考え、そして自分の意見はしっかりともってダメな物はダメとハッキリと、そしてそれが何故ダメかとしっかりと説明できるようにしておきたい。とにかく何でも考えて仕事をしていかないと。何にでも考え疑問をもち何故? 何で? といつでも考えて仕事をする事が大切だと改めて思った。これからもますます頑張っていこう! 

次はスラクストンでのレースである。ここでしっかりと戦ってチャンピオンを決められるように自信を持ってマシンを琢磨君に預けて琢磨君が思いっきり安心して戦えるようにマシンをメンテナンスしよう。絶対負けへんで~。やったるかんな。気合入れて頑張るぞ~! オーッ!

飯田一寿

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