しかしレースはトラブルで満足に戦えなかった。勝ってチャンピオンという願いもむなしく、またしても前と同じトラブルという最悪の状況で満足行くレースをさせてあげる事が出来なかった。降りしきる雨の中、自分はチャンピオン獲得という嬉しさではなく、トラブルでこの大事なレースを琢磨君に満足に戦わせてあげられなかったという悔しさ、無念さ、申し訳なさで混乱していた。そしてチャンピオン獲得という事実がピンと来なくて、それよりも8位というリザルト、それもマシントラブルという最悪の状態という事もあり、嬉しさよりも悔しさの方が強く素直に喜べずにチームの皆が歓喜する中、1人だけ喜べずにどうして良いのか迷っている自分がそこにはいた。しかし皆が“おめでとう! Dyson”と握手をしてくれたり、思いっきり抱き合ったりしてくれる事には素直に嬉しかった。そうしているうちに琢磨君がピット前に戻ってきた。チームの皆は体中で喜びを表している。自分は琢磨君にどう接して良いのか分らず戸惑っていた。ピット前にマシンを止めた琢磨君のヘルメット越しの目に涙が光っていた。それを見て自分も泣いてしまった。マシン越しに琢磨君と力一杯抱き合ってお互いにこみ上げるものを抑えきれずに泣いてしまった。サイモンが日の丸を持ってきて自分に渡してくれた。その日の丸の旗を琢磨君の背中にマントのように羽織わさせた。もうチーム一丸と揉みくちゃの状態だ。琢磨君は真の勝者としてインタビューを受けている。その時に、もと童夢で現在マクラーレンの井口夫妻が日の丸と鯉のぼりをつけたポールをもってやってきた。鯉のぼり。イギリス人には興味深かったようであれはどんな意味がある? と質問攻めだった。そして井口君夫妻と一緒にやってきたのは津川元子さん。その元子さんを見た瞬間抑えていたものが抑えきれずに体の底から心の底からこみ上げてきた。元子さんは優しく抱きしめてくれた。Zandvoortの時といい今回といい津川さんを見ると心の底からホッとしてこみ上げる物を抑える事が出来なくなってしまう。年上の女のテクニックに泣かされた?ってところか? 意味は違うけど・・・そしてその次はJohnのガールフレンドのサリーちゃんがこれまた優しく抱いてくれた。彼女の方が背が高いので自分はちょっと爪先立ちになりサリーちゃんに抱かれているとまたまた懲りずに今度はサリーちゃんの胸で泣いてしまった。なんか嬉しいのか悔しいのか今までの事が走馬灯のように頭の中を駆け巡り、いろいろな思いが交錯して訳が分らなくなっていた。マシンを満足に仕上げられなかった事の悔しさ悲しさとチャンピオンの嬉しさとが入り混じったほろ苦く甘酸っぱい涙を流した後はなんかとても清々しい気持ちになった。

長かった。ここまで来るのに数々のドラマがあった。困難を1つづつ乗り越えてきた。そして一戦一戦戦いながらそれを克服するたびに琢磨君は強くなってきた。そして今日、その結果がここにある。世界中の誰もが認めるチャンピオンの誕生した瞬間だ。次の戦場はこのフィールドには無い。次に琢磨君が戦う場所はF-1以外ありえない。それはもちろん琢磨君だけでなく自分も次のステップを踏まねばならないと思う。自分の夢も琢磨君と一緒。F-1である。琢磨君と一緒に仕事をするようになって2年が経った。まだまだたったの2年間やけれども自分にとってはこの2年が物凄く凝縮された今までの自分のメカニックとしての15年間よりも有意義で長いもののように感じている。そして2年間で琢磨君との関係を終わらせる事無くこれからももっともっと長く琢磨君のメカニックを勤められるように(もちろんF-1での話やけど)琢磨君のメカニックとなれるように頑張りたいと思っている。琢磨君は大丈夫。もう放っておいてもどんどん上に行くドライバーやから。それより、自分自身がそろそろ自分のこれからを考えるころかと思っている。ただし琢磨君について行こうとするのはまた違う話だと思います。メカニックはメカニックで独立してゆかねばならないものである。琢磨君がF-1に行った時に、そのF-1チームで仕事をしたいのなら、独立したメカニックとしての実績がなければならないはずである。その為にも今の事をしっかりやる事が大切だと思っている。意志あるところに道は開かれるはずや。自分は琢磨君と今度はF-1でチャンピオンを目指す為にも自分も頑張らないといけないと思っている。今の積み重ねが未来を創るものやと思う。人は目に見えない力、運命に導かれているのかもしれないと時々思う。しかし、それを引き寄せるのも、本人の努力やと思っている。ラッキーはいつでもそばにあると思う。そのチャンスを見切って、行動をおこす事が大事やと思う。人は運命に導かれながらも、努力によって運命を切り開ける物と信じている。大切なのはやる気と努力、根性やと思っている。大切なのは、夢を持ち、とにかく最初の1歩を踏み出す事やと思う。目標が見えたらそれに向かって進んで行く事や! これからの未来の為にも。

しかし、今日は結果的にはチャンピオンが取れたがレース自体は決して満足してはいけない。レースだけを見ると全然駄目なレースだ。琢磨君のテクニックに助けられただけである。勝てなかった事の辛さ、悔しさ。しかし1番自分の中で悔しかったのは琢磨君に満足な武器を与えてあげられなかった事だ。このレースは思いっきり戦わせてあげたかった。勝ちたかった。
同じ症状のトラブルが2回目である。本当に恥かしい話である。メカニックとして本当に恥ずべき事なのだ。この悔しさを決して忘れる事なく次のステップを踏まなければならない。ワークショップで徹底的に原因を追求して解明しなければならない。

しかしレースはまだまだ続きます。そしてこれからの戦い方がとても大事だと思う。チャンピオンを取った後の戦い振りがとても重要で大事だと思っている。これで気を緩める事無く最終戦まで気合を入れて頑張りたいと思っています。チャンピオンを取った後の戦い方が今後において大切なのである。勝って兜の緒を締めろとの言葉もある通り、大切なのはチャンピオンを取った後の戦い方だと思う。これで終わりではなく始まりなのや。残りのレースの戦い方で本当の価値が出てくると思っている。残りは全勝できるように今まで以上に気合を入れてチャンピオンとして恥かしくない戦い方をして行きたいと思う。もちろん自分達は琢磨君が思いっきり戦えるように道具を整備して行きたいと思っている。今後の戦い方に注目していて下さい。これからもよろしくお願い致します。

この出来事は1つの歴史になります。ただレースの仕事をしていても歴史が変わる出来事がそうあるものでは無い。この出来事は日本のレース全体にもいい影響を与える事と思う。歴史に残ることしちゃったね。琢磨君!

飯田一寿

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