いよいよ決勝に向けて最後の調整が始まった。これが本当の本番である。ここでミスしたら全てが台無しになってしまう。やる気ムンムン。心地よい緊張が自分を包んでいる。なんだか楽しくて仕方が無い。いや、おもしろおかしいと言う意味の楽しさではなく、何やろう、つらく厳しいのだけれどもな~んか楽しいんやよね。不思議な感覚やわ。当然その時は楽しいなんて微塵も思ってはいなかったかも知れへんけど。とにかく充実した時間や。そんな事を考えてる余裕もホンマは無かったけど。いったい何やねん!
レース前に突然シャワーがあった。みるみるトラックを濡らしていく。しかしあくまでもシャワーであり、心配はしていない。すぐに晴れる事だろう。思った通り雨は上がり強い日差しが差してきた。と、外に出て天気を確認しているとあの恐怖の大王の松本カメラマンに捕まり、なんと大役を仰せつかわった。松本さんは自分のポケットから日本の国旗、日の丸を用意していた。準備周到とはこの事である。自分は考えてもみなかった。松本さんのいろいろな事を考えている事、本気で回りの事を真剣に考えていてくれる事に頭の下がる思いだった。これを琢磨君が勝ったら渡してくれと半ば脅迫にも似た脅しで・・・(一緒か?)渡された。もし渡せなかったらどうします? との問いに、大丈夫、いろいろなケースを考えて日の丸はまだまだスペアを用意してあるから大丈夫! と堂々と言われた。やはり琢磨君が勝った時に国旗を渡すのはDysonが渡すべきだし、Dysonに渡して欲しいと頼まれてしまった。松本さん・・・そう言われて自分は嬉しいのかプレッシャーなのか良く分らないっス。しかしその松本さんの心意気は充分伝わりました。頑張ります。期待していて下さいね。しかしその為には必ず勝つ事が大事やね。気合充分! やったるで~!
そしてその時間はいよいよ始まった。マシンは全ての用意を整え、琢磨君が乗り込むのを待つばかりとなっていった。気合充分! キリリと引き締まった戦士の顔で琢磨君がマシンに近づいてきた。彼はこの日が来るのをどれだけ待ち望んでいた事だろう。昨年のこのレースから一年余り。自分もこのレースを1つの目標として照準を定めてきた。このレースが自分にとって大きな乗り越えなければならない壁であって本当に集中してきた。それが今日ここで果たされるのだ。心の奥に闘争心がメラメラと燃え上がってきている。いよいよマシンに乗り込みコースインの合図を待つ。オフィシャルの合図とともに琢磨君はピットを後にしていった。いよいよ戦いの火蓋は切って落とされたのだ!
ウォーミングアップをしてグリッドに着く。自分達もコースへ向かって歩き始めた。ガードレールを越えて全面がクリアに大きく広がるあの場所、王者の場所のポールポジションの場所へと向かう。琢磨君がゆっくりと、どこのバッテリーボックスをはねる事も無く無事にゆっくりとマシンをその場所へと停めた。今回はいつも以上にメディアやそれを取り囲む人の数が凄い。Marlboroギャルもマシンを取り囲んでしまった。しかしこいつ等でっけ~な~。さすがオランダ人。ひょっとしたらテッシーよりもでけぇんと違うか? 身長なんて3メートル位ありそうや。絶対ェそれは無い。おいおい、お姉ちゃん。サスペンションやカウルに腰掛けたり足を置いたりしたらあかんよ。自分の仕事をしながらお姉ちゃんや周りを取り囲む人達の動向を気にしながら注意しなければならない。変な所を触られたり引っ張られたりスイッチを押されたりしないようにマシンを観察しなければならない。これはこれで神経を尖らせてしまう。自分のルーティンワークもタイヤ、ラジエターダクトの掃除やチェックもしなければならないし。オフィシャルの笛と合図とともに人の波は去っていき、コースにはマシンとJohnと自分だけが残された。周りは何も見えない。何かこの一台だけがコースに居るような感覚になってくる。静寂がマシンを包み込んでいる。スタート1分前のボードが提示された。Johnの合図でエンジンに火が入る。自分はゆっくりと琢磨君としかしガッチリその目をしっかりと見つめて握手をしてコースを退去していった。神聖なコース上にはもう誰も邪魔者はいなくなった。後はフォーメーションをしてスタートに全神経を集中して全身全霊を傾けるだけや!
グリーンフラッグの合図とともにマシンは激しくウェービングさせながらコースを一周していく。マシンの咆哮がだんだん小さくなり静寂が訪れる。そして再びその静寂は破られマシンのエキゾーストノートは戻ってきた。グリッドに落ち着いてゆっくりとそのマシンをストップさせる。先頭から一台一台と順序良くマシンは各々の場所へとマシンをゆっくりと停めていく。最後尾がゆっくりとグリッドに到着するとそれを確認してマシン最後尾のオフィシャルがグリーンフラッグを振って合図を送る。するとタワーでは5秒前のボードが提示されグリッドのマシンは一段とその咆哮を甲高く響かせる。シグナルに赤が点灯され消えると同時に青が点灯する。一瞬の静寂。そしてその興奮は最高潮に達した。青シグナル点灯とともに解き放たれた野獣達は1コーナーめがけて矢のように突進していく。琢磨君はいつも通りのスタートよりも少しホイールスピンをさせ過ぎてしまうがそれでもマシンは1番最初に動き始めた。レースで1番重要な1コーナーをトップで消えていくのが見えた。これで一安心だ。このレースはスタートから2LAPまでメカニックはサインエリアに入る事は許されておらず、いつもとは違ってオープニングラップと次のLAPはピットロードを隔てたピット前での“待ち”となった。
琢磨君の後続ではアクシデントが多発した事もありオープニングLAPではすでに独走態勢を築いている。しかし、そのペースは1台だけ飛びぬけている。これだ。このスタート直後にプッシュできる事がレーサーとしての大事な事である。これが出来るか出来ないかがドライバーとしての才能を大きく左右するのだ。最後のマシンが1コーナーに消えた2LAP目にオフィシャルの合図とともに自分はサインエリアへと向かっていった。ここがレース中の自分の場所。大きく深呼吸をしてからサインボードに現在のポジション。もちろんP-1。そして残り周回数と2番手のマシンとのタイム差を表示して琢磨君がストレートに戻ってくるのを待つ。その差はLAPを重ねる事に広がっていく。もう誰も琢磨君を脅かす事を出来るドライバーは誰もいない。それどころか琢磨君のミラーには誰も写ってはいないのではないだろうか。それ程その差は大きく広がっている。しっかしホンマ待つ時間ってなっが~く、ホンマ長く感じられるよね。何度も“あれ? 帰ってこない”と焦って手元のストップウォッチを確認した事か。この緊張に最後まで耐えられるだろうか。自分だけ時間に取り残されたような感じになってしまいホンマ気が気でない。大丈夫。勝てる! 自分に何度も何度も言い聞かしているがそれでも落ち着かない。大丈夫! マシンは完璧に仕上げた。何も起こらないって!
そしてそんな心配をよそにマシンは確実に一周一周LAPを縮めていく。そう、何を思って考えていても時間が過ぎるのが早かろうと遅かろうと確実に時間は経過しているんや。この“今”と言う時間は2度と戻ってこないのや。だからその一瞬一瞬を大切に有意義に過ごしていかなければならないなどと考えながら、いや、考えている余裕は無かった。そして長く感じたレースもいよいよファイナルラップに突入した。ピットからみんながやって来た。琢磨君と皆で喜びを分かち合う瞬間だ。自分もサインボードを片付ける用意をしはじめたらBoyoがサインボードにP-1とだけ表示して出せと言う。「Why?」との質問にあっけなく「TVカメラが映しているからボードでカッコよくチームとしてのポーズを決めろ」と言われた。まったくもう。まっ、いいか。
そしていよいよこの時は来た! 最終コーナーを単独で立ち上がってくる一台のマシンが見えた。やっと、やっとこの時が来た。日本人初のインターナショナルレース制覇の時が来たのである。みんなでコースに身を乗り出してガッツポーズや拍手で琢磨君を迎え入れる。本当に歓喜の瞬間だ。その後サインガードではみんなと抱き合い喜びを分かち合う。Johnが思いっきり抱きついてきてあの丸太のような腕を首に巻きつけてきてバンバンと叩く。おいおい、そんなゴッツイ腕でやられたら骨が折れるっちゅーねん。ホンマこの瞬間は嬉しかったけれども身の危険を感じた瞬間でもあった。次はちょっと何とか身を守る方法を考えておかなければ。そうして琢磨君はウイニングランを終えてホームストレートに帰ってきて、マシンをそこに停めた琢磨君にたくさんのメディアやTV、そして大きな本当に巨大なMarlboroギャルが琢磨君の周りに集まってきた。自分も負けてはいられない。松本さんから預かった大切な仕事が残っている。自分はその波を掻き分け、いの一番に琢磨君と抱き合い、そして松本さんから預かった日の丸の旗を琢磨君の背中にマントのように羽織わさせた。琢磨君はモノコックの上に立ち大きく日の丸の旗を振っている。自分はそれを見て不覚にも涙ぐんでしまった・・・というよりも勝った瞬間からだけど、ここでそれ以上のこみあげるものが出て来た。いかん、まずいこれは。と思い、1人群衆から抜け出してピットロード脇のガードレールに避難した。しかしそこには津川哲夫さんの奥さんの元子さんいた。自分は元子さんと思いっきり抱き合った。元子さんは優しく頭を撫でてくれた。自分はこの瞬間本当に全身から力が抜けて心の底からホッとした安堵の気持ちが湧きあがってきた。本当に今までのいろいろな事が頭を走馬灯のようにめぐって今までに無いくらいリラックスしてしまった。すると今までこらえていたものが何故か自然に緊張の糸がそこでプツンと切れてしまい、気がつくと子供のように泣きじゃくっている自分がそこにいた。そしてもう立っていられなくなりガードレールに隠れるように座り込んでしまった。元子さんは「目をそらさないでしっかり琢磨君を見なきゃ駄目だよ。」と優しく言ってくれた。しかし今の自分は優しくされればされるだけ熱い物が次から次へとこみ上げて来てしまった。
しかしそれよりも不覚だったのはみんな琢磨君一点に焦点が行っている物と思っていたがな・な・何とあの恐怖の大王の松本カメラマンは何故かその瞬間をカメラに収めてしまった。何しとんねん。琢磨君をとらなあかんやないけ。後で聞くと何か琢磨君はでっけーオランダ人のMarlboroギャルに囲まれていた為、琢磨君が見えなくなっていたそうだ。
そしたらアザラシが鳴いているような声が聞こえるので何かと思い振り向くと・・・ホンマ一生の不覚とはまさにこの事だろう。悔やんでも悔やみきれない一瞬だった。闇から闇に葬り去ろうと思っていたのに・・・

決勝
POS NO DRIVER NAT TEAM CAR TIME/GAP
1 04 Takuma Sato JPN Carlin Motorsport Dallara F301 - Honda-Mugen 39:58.870
2 22 Andre Lotterer GER Jaguar Racing F3 Dallara F300 - Honda-Mugen +9.228
3 05 Anthony Davidson GBR Carlin Motorsport Dallara F301 - Honda-Mugen +9.687
4 37 Gianmaria Bruni ITA Fortec Renault Dallara F301 - Honda-Mugen +17.281
5 19 Tiago Monteiro POR ASM-Elf Dallara F300 - Renault-Sodemo +18.038
6 15 Mark Taylor GBR Manor Motorsport Dallara F300 - Honda-Mugen +20.617
7 08 Toshihiro Kaneishi JPN Opel Team BSR Dallara F300 - Opel-Spiess +21.978
8 25 Tony Schmidt DEU GM Motorsport Dallara F301 - Toyota-TOMS +22.307
9 07 Ryo Fukuda JPN Serge Saulnier Dallara F399 - Renault-Sodemo +22.990
10 12 Derek Hayes GBR Manor Motorsport Dallara F300 - Honda-Mugen +26.285
11 33 Matt Davies GBR Team Avanti Dallara F301 - Opel-Spiess +31.944
12 23 James Courtney AUS Jaguar Racing F3 Dallara F300 - Honda-Mugen +32.326
13 41 Joao Paulo de Oliveira BRA Swiss Racing Team Dallara F399 - Opel-Spiess +36.817
14 47 Marco du Pau NL Van Amersfoort Racing Dallara F399 - Opel-Spiess +37.766
15 14 Jeffrey Jones USA Manor Motorsport Dallara F300 - Honda-Mugen +38.236
Fastest Lap Takuma Sato 1:35.240
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